熱帯雨林地域の森林資源 4

人類がそれほど森林の乱獲をしなかったならば、タイの森林においても、ヘクタール当たり200数十立方メートルの木材が保持されていたということになります。


いろいろな管理が森林に対して行われてきています。


もっとも重要なシステムなのは、いわゆる択伐のシステムです。


つまり、皆伐をしないということ。


森林に行って、木を傾斜面でなく、あるいは小川などのところではなく、いわゆる平坦地で見つけ、それらを選択し、大体70センチの径を持つものを選びます。


大木です。


それに印をつけて伐採します。


つまり、択伐をするということです。


このような伐採が行われると、その他の活動も森林で行われることになります。

熱帯雨林地域の森林資源 3


インドネシアではイリアンジャヤ、ニューギニア島に伐採されていない資源があります。


またパプアニューギニアでは1400万ヘクタール、そしてマレーシア、サバ、サワラクを含めた750万ヘクタールがあります。


5200万ヘクタールがすでに伐採されている森林です。


丸太の搬出が、たとえばインドネシアなどにおいて立木密度が現在のところは最大になっています。


すべての立木は、たとえば、径が10センチほどの木が200ヘクタールに及ぶこともあるので、このような蓄積量は各国において違いますが、最大値はブルネイにおいてです。


なぜならば、そこでの森林はほとんど伐採されておらず、大変良好な熱帯雨林があり、ほとんどがチーク材だからです。


ブルネイのチーク材はヘクタール当たり、230立方メートルという数字ですが、他地域ではヘクタール当たり80立方メートルとなります。

鉄筋コンクリート建物の集団都市


実際問題として考える必要がないとはいっても、コンクリート建物にも寿命があることは、疑いないことです。


現に、実際問題として、ニューヨークのような鉄筋コンクリート建物の集団都市に寿命がきたとき、それをどう処理したらよいか、という問題は、専門家によって慎重に考慮されていると聞きます。


その結論は、ある時期にニューヨークを放棄することにして、別に新しい都市をつくったほうが経済的だということになるそうです。


エッフェル塔は1977年でちょうど米寿にあたりました。


傷みの激しいことが目だちはじめてもやむをえませんが、その危険を放置しているわけではありません。


保守のための技術者は常時40人いて、工業用テレビカメラまで使って綿密な点検を続け、7年ごとに50トンの塗料でさび止めを兼ねた化粧直しをしています。


今ではロートアイアンのようなものもありますし、安心でしょう。


熱帯雨林地域の森林資源 2


パプアニューギニアですと、いわゆるフタバガキ科以外の樹種があります。


・・・これはフタバガキ科ほど用途に有用性がないということがあります。


インドネシア、ビルマ、タイなどのそういった種類よりも有用性が少ないのです。


地域ですが、ビルマが最後の開拓地です。


伐採は過去の間にかなりなされていますが、幸いなことに、伐採の行われていない森林も見つかっています。


それらの森林は、約5000万立方メートルぐらいになります。


今世紀の初めには9700万立方メートルありました。


しかしながら、まだまだ東南アジアの諸国におきましては伐採されていない森林もあるということです。

熱帯雨林地域の森林資源


熱帯雨林とは、いわゆるこの地域が右肺で、アマゾンあるいはブラジル地域がいわゆる左の肺であるかといえると思います。


したがって、ブラジル・アマゾンの森林が一方の肺であり、東南アジアの森林がもう一方の肺であり、両方があることによって呼吸する、生命が支えられているということになるわけです。


アジア・太平洋地域には大体2億3900万ヘクタールの広葉樹林があります。


この広葉樹林からなる熱帯雨林はマレーシアにもありますし、パプアニューギニア、ビルマ、そしてタイの順で多くあります。


インドネシアでは1億136万ヘクタールですし、パプアニューギニアでは3370万、ビルマでは3120万、マレーシアでは2100万ヘクタールとなっていて、残りはその他諸国です。


熱帯雨林はまたここで2つの種類からなるということがいえましょう。


フィリピン、マレーシア、インドネシアなどは、いわゆるフタバガキ科の木材が豊かです。


これは特にプライウッド合板用に使われています。

宿曜経と占い


『宿曜経』には・・・


「七曜は日月火水木金土なり。その精上って上に輝き、神下って人に直す。善悪をつかさどり吉凶をつかさどる所以なり」


・・・とあって、これを後世、だいたい次のように解説するようになりました。


日曜は万事に吉。


商人は利得が倍増するが、建築はよろしからず。


月曜も大体よろしいが、財物売買・転宅.婚姻.旅立ちはわるく、下人・下女が出奔すれば捕えがたい。


火曜は訴訟が先方より起こることもあるが、だいたいにおいて吉。


盗賊を捕え、武芸に関しても吉。


種まき・婚姻は凶。


病気にかかると重く、ことに二・三.五.七・九・十一月の火曜は病む。


水曜は取引き・入学・建築に吉。


但し、水難に用心のこと。


木曜は祝事をなすに吉。


少々のわざわいも消える。


しかし訴訟事に凶。


木を切るのを忌む。


裁ち物・入学もよろしからず。


金曜は目上の人に対してはよいが、下人は万事大凶。


喧嘩・口論に負けるし、刃物さわぎで怪我するし、ろくなことがない。


春は金曜に旅立つと災難が多い。


土曜は土地売買・家屋造営など吉。


婚礼はだいたい吉だが慎しむがよろし。


正・三・五・六月の土曜には病気や訴訟のため損をすることあり。


・・・以上、まあそういった要領であります。


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教科書が無償化されるまで 2

十二月十八日には、自民党政調会が無償配布を三十七年度から実施すると正式に決定し、この予算確保を政府に強力に働きかけることになったが、十九日、大蔵省が発表した三十七年度予算案の第一次査定では、教科書無償をはじめ文教重点政策はほとんど認められなかったので問題となり、復活折衝に持ちこまれた。

その結果、十二月二十九日に至って、昭和三十八年度一年生用教科書代金として、七億円が三十七年度予算として追加され、無償実現に踏み出した。

まことに、激しい攻防が繰り返されたのであった。

教科書が無償化されるまでにはこんなことがあったのですね。

教科書が無償化されるまで 1

教科書が無償化されるまでの政治などの流れを追ってみました。

九月四日、自民党政務調査会文教部会も取上げたが、財政当局が難色を示した上、三十六年秋に突発した教科書採択汚職もからみ、一時は立消え状態になったが、十一月七日、国民党総務会は義務教育に対する教科書を、文教予算とは別に無償化することを了承、その立案を決めたが、翌八日水田蔵相は、三十七年度予算では実現不可能であると自民党幹事長に申し入れた。

この調整は困難で、十二月十一日の閣議においても、結論はでなかった。

十二月十四日、荒木文相は三十七年度予算をめぐり水田蔵相と折衝したが、教科書無償と高校生急増対策とで折り合いがつかず、交渉は難航した。

仕事、家族…つれづれ 7

男が甘い空想に浸っていたとき、目頭を押さえる先生の顔が見えた。

先生の前には、白髪が混じった杉野の姿がある。

杉野の家は子だくさんで貧しかった。

彼も学校の勉強どころではなく、朝から晩まで働き、下の兄弟の面倒を見ていた。

終戦後の貧しいひもじい時代の生活といえば、彼のことを思い出すほどだ。

学校ではいつもよれよれの服を着て、居眠りしていた。

杉野も溢れる涙を拭っている。

みながそれに気づき、がやがやしていた同窓会の座に一瞬、沈黙の時がきた。

「辛く当たってごめんね。

私が若すぎたのよ」先生のすがるような声がその中から聞こえてきた。

杉野が鳴咽を始めた。

「あなたに会って、それを詫びたくて……」「いいんです、もう。

こうして、みんなと一緒に同窓会に出られるようになったのですから」彼は今、いっぱしの商店の主人になっている。

小僧から三〇年でここまできた。

男は大学を卒業したての若い女の先生は、クラスみんなの憧れだったと思い込んでいたが、あの時、彼は先生の愛情を感じるどころか、冷たさや依枯贔屓で悩み苦しんでいたのか。

若い女教師だった先生も大学を出たての頃の自分の先生ぶりに、どれほどの反省や後悔を心の中に溜めてきたのだろうか。

同窓会は、昔のクラスメートと会えるも楽しみでもありますが、かつての恩師に会えるのも大きいですね。

日本庭園の花たち4

ところが日本では、ペンタキープがでてくるよりもはるかに古く「万葉集」の中にヤブコウジをうたった歌が五首あり、「山橘」と書いている。

樹木性といってもたいてい一〇センチほどのごく小型で赤い果実のできるヤブコウジが、このように中国でも日本でも注意をひいたのは不思議ともいえよう。

中国ではそれが薬用植物になり、日本では観賞の対象になったのである。

貝原益軒はその著『花譜』の最終の頁でヤブコウジをとりあげ、つぎのように書いている。

すこし長いが引用しておこう。

「夫松は高き事百尺。

此木はひくき事数寸にすぎず。

凡物各むまれつきたる分限あり。

長きものはしりぞくべからず。

みじかきものはすすむべからず。

人も又かくのごとし。

貧賎なるも、富貴なるも、皆生れ付たる分限にて、天の命ずる所なれば、其分内をやすんじ、たのしみて分外をねがふべからず。

もし富貴なるは、貧賎をあなどりてめぐまず。